(スマホ)  最終更新日:2021/01/07 by AM   

 昭和25年4月、私たちの年次から、小学校を卒業してからの3年間の義務教育としての新制中学を卒業し、 この年に校名を「両国」と冠した都立両国高等学校に入学した。
新制高校の生徒として、初めての「両国」高校への入学生であった。
 両国高校に3年間学び、昭和28年に卒業。進学する者も就職する者もあり、卒業数年後からクラス会が開かれ始めた。
私の3年A組担任の祥雲通弘先生には、級友が卒業後も大変お世話になり、先生がご逝去された2013年の前年まで、 毎年クラス会を開き、私はずっと事務局を引き受けて来た。
 50期では、大谷泰象先生のE組、昨年(令和元年)10月山下眞一先生がご逝去されたF組、植村大治君が山下先生の身辺を最後まで 気遣われた。
深沢寛君が幹事のH組などが毎年クラス会を開き、E組だけは、現在も島ア文男君の下で、6月にクラス会を催しているが、本年は中止に。
 さて50期の同期会「吾友会」は、7年前に亡くなった3年G組の田仲博君が主導して、昭和55年(1980年)11月8日、 上野精養軒で高校入学30年記念総会が開かれた。
私も司会議長役を務めた。田仲君は1年と2年に同じクラスで仲良く、卒業後も交流が深く、自営業の私は、時間の融通がきく相棒であった。
 田仲君により、吾友会の幹事会は、毎年12月14日と決められ、会場の決定・案内書の作成・発送などは、全て田仲君が行い、 私は総会を含め、片々の雑務をお手伝いして来た。
 吾友会総会は、その後は、卒業30周年総会を昭和58年(1983年)11月 竹橋会館で昭和63年(1988年)12月の総会、 平成4年(1992年)5月の総会還暦祝賀総会、平成6年(1994年)11月と続き、ミレニアム総会2000年(平成12年)10月 渋谷エクセルホテル東急を経て、卒業50年記念総会が平成16年(2004年)1月31日、平河町日本海運倶楽部で開かれ、 全ての催しが田仲君の計画に基づいて実施された。
 この卒業50年記念総会で、田仲君は挨拶の中で、『吾友会の総会は今後は行なわない』と宣言した。その後は、 田仲君の手配で、毎年12月14日の幹事会のみが開かれて来たが、田仲君の体調不良により、平成20年(2008年)暮れの会で 幹事会の開催も途絶えた。
 おかしなことだが、田仲君存命中は、同期会の運営は、田仲君の献身的で独立独歩の行動力で進められ、 私を初め学友たちは田仲君の性格を忖度し、慫慂として田仲君に従った。
 その後、3年を経た平成23年(2011年)4月に田仲君と話し合い、E組の福岡一雄君と上野英夫が中心となって、 8組のクラス幹事が集まり、相談の上、新たな姿の「吾友会」が再構築された。
 幹事会での協議と準備を重ね、同年(2011年)11月11日、亀戸アンフェリシオンで、50期吾友会「喜寿の会」が開催された。
 更に、平成27年(2015年)11月14日に錦糸町レバント東京で、吾友会「傘寿の会」が催された。
お元気な山下眞一先生と淡交会の寺澤捷年前会長のご来臨によりお祝辞を戴いた。
吾友会の総会開催はここでひと区切りとし、その後は毎年、錦糸町レバント東京で、4月と10月の第2金曜日に、 幹事有志懇親会を開き、毎回25名ほどの学友が参集して来た。
 今年は、コロナウイルスの蔓延の中で、春と秋の懇親会は中止し、来年(令和3年)4月に多くの学友に呼び掛け、 40名を超える幹事有志を集めて、86年の人生を顧み、恩師と亡き学友の思い出や、現在の生きる姿を語りあえるよう 福岡一雄会長を中心に準備を進めている。

 右の写真は、昭和63年(1988年)12月、卒業35年記念総会の校歌斉唱の写真で、左から松原先生、祥雲先生、 丸岡先生、木村先生、C組の小俣さん、その右に山下先生、浅川先生、大谷先生のお姿が写されている。

☆☆ 昭和63年(1988年) 卒業35年記念総会の校歌斉唱 ☆☆
☆☆ 卒業35年記念総会の校歌斉唱 ☆☆

幹 事  上 野 英 夫 (50回)
   (淡交会報第85号より転載)



 50期吾友会は、10月12日12時から、錦糸町東武ホテルで懇親会を開催し、8クラスから昨年を上回る24名の幹事有志が出席。 案内状には、全員から返信があり、幹事各位はこの1年、全員が健在とはうれしい!
 懇親会は幹事長上野英夫(A組)の司会で始まり、会長の福岡一雄(E組)が、昨年より多い幹事有志が元気な姿で出席したことに 感謝の挨拶を行い、昨年脳梗塞発症で4か月ほど入院し、元気回復した副会長鶴岡忠成(G組)が乾杯の音頭をとった。
 80歳を過ぎ、かなりの同期生が現役から離れたが、今なお現役として活躍の出席者の中から、3人の学友が1人15分ほど、 現在の問題・課題について、提言や説明を行った。
 初めに、地球サスティナビリティを考える会の代表である安藤顕(B組)が、新たに執筆した著作「これからどうする原発問題」 を手にして、福島原発事故の後の困難な状況に立ち向い、如何に事態を打開して行けぱよいのか、自らの考え方を示唆・提言した。
 淡交フィルのメンバーの桑村益夫(E組)が、日本の西洋音楽の父ルドルフーディットリヒの初の本格的評伝を出版する資金を、 吾友会の多くの有志からも寄付を受け、来年に刊行出来る経緯の説明と感謝の言葉を述べた。
 最後に、元千葉家裁調停委員で、現在千葉市に事務所を置く、千葉ファミリー相談室の主宰者の1人である深沢實(H組)が、 この相談室で、家族問題の全て、子供の引籠り、親子関係、離婚、後見人などの問題を、本人や家族、弁護士などから相談を受け、 解決のために活動している姿を伝え、併せて、高齢者が生活で困った時には、市区町村の地域包括支援センターに相談することを強く勧めた。
 この後、出席者全員が近況報告を行ったが、会長の福岡一雄は、現在も社会保険労務士として活動し、医療法人や社会福祉法人の名誉理事、 大学の同窓会茗渓会の理事などで活躍しているが、その本人が急性腎盂胃炎を発症し救急車で運ぱれ、一週間入院治療したと。
 江間敏男(D組)は、4月に家の傍を歩行中に失神転倒し、前頭部を切り9針縫ったが、転んだ原因は心房と心室の結節の障害で、 ペースメーカーを入れて命拾いしたと。
 幹事であった杉浦昭次(B組)が死去したことを囲碁仲間の菅沼康男(F組)から報告、合掌。
 近況報告のあと、記念撮影し、桑村益夫指揮で校歌を斉唱。
最後に、90歳まではゴルフプレーすると確言する植村大治(F組)が三本締めして閉会した。
 次年度は4月12日と10月11日の2回懇親会を開催する。
今なお意気盛んな50期生である。

☆☆ 吾友会幹事会 懇親会 出席者の記念写真 ☆☆
☆☆ 吾友会幹事会 懇親会 出席者の記念写真 ☆☆

幹 事  上 野 英 夫 (50回)
   (淡交会報第81号より転載)





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・平成30年10月12日 吾友会 幹事会懇親会開催(淡交会会報81号より転載)
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・平成29年10月13日 吾友会 幹事会懇親会開催(淡交会会報79号より転載)
・平成29年06月02日 3E「大象会」開催(淡交会会報79号より転載)
・平成28年10月14日 吾友会 幹事会懇親会開催(淡交会会報77号より転載)
・平成28年06月03日 3E「大象会」開催(淡交会会報77号より転載)
・平成28年05月20日 吾友会 幹事会懇親会 11月13日開催(淡交会会報76号より転載)
・平成27年12月10日 3E「大象会」6月6日開催((淡交会会報75号より転載)
・平成27年05月27日 吾友会 傘寿祝賀会 11月14日開催報告(淡交会会報74号より転載)


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