最終更新日: 2011/11/1  

■ 2011年10月29日 両国界隈名所旧跡探訪      

同窓生が参加して、旧第6学区であった墨田区、江東区、江戸川区、葛飾区の名所旧跡を歩く集まりを
企画・試行してみました。
好評であれば続行する予定です。お楽しみください。


今回は、公認「江東区観光ボランティアガイド」である戸張誠之助さん(54回)の引率・案内で、両国界隈の
名所・旧跡を歩きました。
「試行」ということで、参加者公募は行わずにWEB委員、事務局関係者の9人が参加しました。


          この案内地図と説明文の一部は「すみだ観光サイト」から借用しました。

コース予定
     集合時間・場所 : 10月29日(土)10時、総武線両国駅西口改札外

10:00 〜 斎藤緑雨旧居跡碑−(隅田川テラス)−与兵衛鮨発祥の地 −大高源吾句碑−
      花火資料館−回向院−吉良邸(一部)跡(本所松坂町公園)−吉良邸(屋敷)跡−
      芥川龍之介文学碑−尺振八の共立学舎跡−勝海舟生誕の地(両国公園) (約120分)

12:00 〜 昼食 江戸時代の再現寿司(登録商標「大川握早漬」〈おおかわにぎりすし〉)
            但し、地元では「与兵衛寿司」と称している。
            於 「政五すし」(墨田区両国4−27−3)・・・予約制 一人前 2,000円

13:00 〜 北斎生誕の地−江戸東京博物館(30分・・・希望者)   −舟橋聖一生誕の地−
 〜14:40 旧安田庭園−(横網町公園)東京都慰霊堂・復興記念館 
           石原1丁目−( 14:44 発のバスで移動)−吾妻橋1丁目下車
      吾妻橋を渡って隅田公園側からリバーサイドホール壁面に映るスカイツリー見学
 〜15:30 頃 浅草寺で解散。 (二次会?)



両国駅
JR総武線が東京駅に延伸されるまで房総方面への特別列車・電車の始発駅であった両国駅。 駅前すぐに「両国国技館」が建ち、相撲関係の土産物屋などで賑わっている。

斎藤緑雨旧居跡碑
正直正太夫と号し、舌鋒鋭い批評家としても知られた小説家。晩年の1年を過ごし、36 年の短い生涯を終えた場所。

樋口一葉文学を最初に認めた人物という、戸張さんの説明に一同「へ〜」。

隅田川テラスにて  左「両国橋、正面「柳橋」
明暦大火の後、初めて大川に架けられた両国橋。由来は、「武蔵国」と「下総国」の両国に架かる橋という。
「火除け地」として整備された「両国広小路」の反対側、つまりこちら側は「向う両国」と呼ばれた、という。

与兵衛鮨発祥の地
与兵衛が文政初め(1818-9)上方の「押し鮨」に対し、ひと手間かけた魚の切身等を酢飯に乗せて握り、その場で提供するスタイルを開発、歩き−屋台−店舗「華屋」を構える。店舗「華屋」は昭和7年(1932)年まで続いた。

後に出てくる「〜跡地、生育地」は、みな説明板があるだけです。

大高源吾句碑
両国橋の袂には、蕉門十哲の筆頭と言われた俳人・宝井其角に学んだ大高源吾(俳号は子葉)の「日の恩や忽ち砕く厚氷」と書かれた句碑がある。

討ち入りの前日の其角とのやり取りは忠臣蔵でも有名な場面で、其角が『年の瀬や水の流れと人の身は』と一句詠んだところ、それに応えて源吾が『あした待たるる その宝舟』と返した。その翌日、其角は 赤穂浪士討ち入りの快挙を知った。
というエピソードがあったそうだ。

花火資料館
原寸大の花火玉と打ち上げ筒、仕組みを展示、ビデオ映像を見られる。

残念ながら、開館時間前で見られず。

回向院
明暦3(1657)年、10万人もの命を奪った振袖火事による身元不明者を合葬、供養するため 建立、後年は火災や震災、洪水による無縁仏も葬られるようになる。
石片が幸運を齎すという鼠小僧の墓もある。

吉良邸跡
赤穂浪士討ち入りの舞台現場。四十七士が討ち入りした吉良邸の一角が現在も公園として 残されている。上野介の首を洗ったという井戸や上野介の座像などがある。

屋敷全体は 2,550 坪もあり、ずっと離れた位置にある「表門跡地」も表示されている。

芥川龍之介文学碑
芥川が通った江東(えひがし)小学校(現・両国小学校)脇にある碑。此処から府立三中に進学した。碑には「杜子春」の一節が。

尺振八の共立学舎跡
振八は仲濱万次郎らから英語を学び、通訳として遣欧、遣米使節団に随行。帰国後、この 地に英学教育の私塾を開いた。

勝海舟生誕の地
勝海舟の父、小吉の実家である男谷家のあった場所 (両国公園内) に海舟の生誕の地の碑とその由来の碑 文が建つ。

芥川龍之介生育の地
生後間もなく母が病気となり、両国にある母の実家で18歳までを過ごした。両国や隅田 川への深い愛情は作品にもうかがえる。

お昼は、「政五すし」で与兵衛寿司を賞味
酒粕から作った三判山吹というお酢など、素材にこだわった江戸の味を味わいました。


北斎生誕の地
浮世絵師の葛飾北斎は、宝暦10(1760)年、本所割下水界隈で誕生。葛飾の名は、本所が武 蔵国葛飾郡であったことによる。
「北斎通り」と表示された通りには、行燈を模した標柱に「北斎版画」が掲示されている。

舟橋聖一生誕の地
明治37(1904)年、現在の横網で生まれた。堀辰雄とは帝大の同級生。生誕の地には、代表 作「花の生涯」の碑が建つ。

NHK大河ドラマ第1号、ずいぶん昔のことになった。

旧安田庭園
元禄年間(1688-1704)に造られた潮入式回遊庭園。園主は安田善次郎を最後に東京市に寄 付され、現在は区立公園に。

横網町公園
園内の東京都慰霊堂には震災や戦災による犠牲者が祀られ、毎年、春と秋に大法要が営まれる。



リバーサイドホール壁面に映るスカイツリー
バスで移動、吾妻橋を渡った隅田公園側から川向うを見ると。
こんなに素晴らしい光景があることに誰も気づいていないようだった。
戸張さん、ありがとう!


電気ブランで乾杯!
第1回「見て歩き」は無事に終了。お疲れさん会は、満員の「神谷バー」で。
名前は知っていた「電気ブラン」を初めて飲んだ。お味は?
ぜひ、一度は試してみたい味です。



(左から)
安部 紘 (58回)
羽鳥 雙六 (55回)
戸張 誠之助 (54回)
  
  
小島 基男 (52回)
岩崎 美由紀 (事務局)
宮地 達雄 (55回)
  
  
五反地 清光 (67回)
松井 隆 (100回)   石田 素美 (77回)
軽部 信雄 (64回)
  
           記録 安部 紘 (58回)